好きなことをすることで生まれる罪悪感
こんにちは。Beauty air Yukiの川端由起です。
『まずは自分を大事にしよう』『自分優先』と、よく言われます。
自分を満たしてからでないと、人を満たすことは出来ないから・・・と。
そんな時に よく『シャンパンタワー』が例えに出されますが
一番てっぺんにあるグラスからシャンパンを注いでいくと
そのグラスから溢れた分が、他のグラスへと次々と流れ込んでいきます。
そんなイメージで、
自分の中を満たすことができて初めて
溢れ出た分で他の人を満たしていく事ができます。
自分を満たしてから、溢れ出た分で人を満たしていくという順番でないと、
自分の中が枯渇したまんま、『人のために』という状態で尽くすと
『これだけやってあげているのに』
『いいように使われてる』などといった気持ちが
少なからず混じってしまいます。
そんな気持ちで動いていたら、お互いにとって幸せではなくて。
私も、『まずは自分を満たそう!』と
食べたいものを食べ、行きたいところに行き、欲しいものを手に取り・・・
などと、取り組んでいた時期がありました。
でも、しばらくやっていると、しっくり来ていない自分がいて。
これだけ自分を楽しませてるはずなのに、気持ちが全然晴れない。
心がモヤモヤして、
家族の何気ない言葉にもイチイチ引っかかり、
トゲトゲしい返事をしてしまうことも・・・
そこで気づいたことがありました。
ある時、『あのお店のクルミパンが食べたい!』と思い立ち
自分を喜ばせるために、その願いは聞いてあげないとと、
片道30分近くかけて、そのパン屋さんへと車を走らせたことがありました。
その時、
『今から、あの美味しいパンが食べられる』なんて車の中でウキウキしていたかといえば
まったくそんなことはなくて、むしろ逆に
『こんなことしていていいのかな・・・』
『時間の無駄じゃない?』なんて思いながら運転していたんですよね。
そのようなことは、他にもあって
『森林浴だ~』と、山まで出かけた時に
深呼吸しながらも、どこかで、
『こんなことしてる場合じゃないんじゃないか』と思っていたことも。
『自分を満たしている』つもりの行動の心の根底には
いつも、罪悪感や劣等感みたいなものが ありました。
こんなことをしていたら、ダメなんじゃないか?
遊んでいる身分じゃないんじゃないか?
そんな気持ちがチラチラと邪魔をするから、全然楽しくないし
『自分を満たしている』と、必死に思い込もうとしているだけで、
実は、消耗させてることに、ハッとしました。
好きなことを純粋に楽しむことは、
結構、難しいことのように思えた瞬間でした。
でも、美味しいパンが食べたいことも事実だし、
自然の中でゆっくり過ごすことが大好き。
それは本当にしたいこと。
でも、それをすることで、心がザワついたりネガティブな感情に苛まれるのは、
どこかで、好きなことをやることで罰を受けるとか、
自分にはその価値がないという思い込みがあるから。
でも、そう考えるのは、自分が創り出した思考なんですよね。
いつも家族や周りの人を優先することに慣れてたり、
お仕事を優先することが当たり前の人だったりすると
自分のその『したい気持ち』に、素直に従うことは
難しいことなんだと思います。
そして、自己評価を低く見積もっていたりすると
罪悪感も湧いてくる。
でも、一見、そういったネガティブな感情は
これまでやった事がないから湧き出ることでもあって。
やった事がないことをやる事への不安、その表われでもあるから
今までと違う行動を取ろうとしていることで生まれる負の感情は当然かもしれません。
だから、今までの自分、今の現実から変わりたいと思ったら
落ち着かない感情を感じるようなことこそ、
やってみる価値があるのかもしれません。
でも、それは、『今の自分がダメ』なのではなくて
出来ない自分も、ダメな自分も、どんな自分も丸ごと受け入れる。
愛する。
その上で、もっと自分が自由になるために
自分を満たす行動を取っていくことが理想だと思います。
自分を喜ばせる行動をしていたとしても
今の自分を否定していたら、
いくら旅行したり、美味しいもの食べたりしていても
自分の中は、決して満たされないから。
たとえば、『罪悪感を感じずに好きなことが出来るように』と、日頃から頑張り
その頑張ったご褒美に、好きなことをしようと決めたとします。
でも、『罪悪感を感じないように』と考えるパターンが出来ている人は
頑張ったご褒美に好きなことをしているはずなのに
その好きなことをしている最中に、罪悪感に襲われたりします。
だから、ご褒美とか、それが出来る自分になってからとか考えるより先に
『好きなことをやっていい』と、自分に1回 許可を出してみてください。
好きなことをした結果、たとえば後で大変になったとしても、
『あの時に許可を出したのは自分!
だから、自分で責任を取る』と決める。
『自分で責任を取る』と決めたんだから、
あとは自分の自由を大いに楽しむ。
もし どうしても、やりたいことへの罪悪感がハンパないとしたら
もう少しハードルを低くしてみるのも、いいと思います。
私の場合、歩いていける距離のパン屋さんにすることで
自分の好きなパンを食べるために車を走らせ、不必要に排気ガスを出す罪悪感から解放され、
『時間の無駄をしている』という気持ちだったのが、
『歩いて気分転換』『運動している』などという風に
プラスに考えられ、心地よくなりました。
そこには『本当に食べたいクルミパンではなく、別のパン』といった
妥協が入るかもしれませんが、
でも、自分の許せる範囲で融通をきかせながら、自分にストレスなく
工夫しながら続けていく事で、
自分の好きなことを叶えることが『当たり前』になっていきます。
罪悪感があったら、いつまでたっても好きなことを純粋に楽しめず
ストレスまみれになってしまいますから。
今、やりたいことへの最初の一歩、踏み出してみませんか?
『エステに行く』っていうことへの罪悪感が大いにある方、
たくさんいらっしゃいます。
エステなんて贅沢で、もったいない?
そんなゆっくりする時間はない?
それだけのものを受け取る価値が、ご自身にはあるということを
ご自身に認めてあげてほしいなと思います。
お母さんが元気で輝いていることが
どれだけ周りを明るく幸せにすることか・・・
自分のためだけでなく、
周りにどんどん幸せの波紋を広げていくために受けるエステ。
そんな思いで、このお仕事をさせてもらっています。
どうぞ『自分の身体をメンテナンスしてみようかな』なんて思われましたら
ぜひ一度、お気軽にお問い合わせくださいませ。
お会いできます日を楽しみにしております。
最後までお読みくださいまして、本当にありがとうございます。